今、バーボンウィスキーが熱い。ブルーグラス・ステートと呼ばれる、ケンタッキー州で長年愛されてきたバーボンが世界を席巻している理由を探りに、ケンタッキー・バーボン・トレイルを走った。

「いや、これはちょっと…」
我々の目の前には、ちょっと角張ったグラスが約40個並べられている。それぞれのグラスには、リカー業界ではホワイトドッグと呼ばれる、樽で熟成する前の出来立ての透明なスピリッツが半分ほど注がれている。

メーカーズマークのマスター・ディスティラー(蒸留責任者)、デニー・ポッターは憎いまでにハンサムな男だ。一列に並んだグラスを端から順番にチェックしている。メーカーズマークが誇る、数多くの品質管理工程の1ステップだ。彼はグラスを1個ずつ手に取り、鼻に近づけて香りを思い切り吸い込む。口を開けた状態なのは、香りの循環を確保するためだ。香りをチェックした後、グラスを列に戻す。最初から18個のグラスはチェックを通ったが、19個目はそうはいかないようだ。

「メモを取るんでちょっと時間ください。問題は分かっているんで」
ホワイトドッグの各バッチがホワイトオークの木を使った真新しい樽に移されるには、ポッターの鼻チェックをパスしなければならない。樽の内部は丁寧にチャーリングされて(焦がされて)おり、ホワイトドッグは樽の中で4年から7年、熟成される。熟成が終わると、ケンタッキーバーボンとして無事出荷される。しかしポッターが手にしているグラスのホワイトドッグに関しては、ここでバッチごと樽には移されず、お別れとなる。
「蒸留とは生物学と化学、両方なんです。生物学は生産の上流工程、すなわちマッシュを発酵するまでの過程ですね。下流工程に当たる醸造やその後は、化学の世界です」

ポッターのチェックに引っかかったバッチの原因は、生物学的な理由だ。トウモロコシと大麦麦芽のマッシュ、そしてマッシュの製造過程で使われた冬コムギに何らかの問題があったそうだ。ホワイトドッグの化学成分は高度なガスクロマトグラフで計測され、具体的な原因があぶりだされる。ここでふと、近代的なテクノロジーがあるのなら、これで全バッチを検査すればよいのでは、という疑問が頭をよぎった。

「それは機械に比べて、人の鼻の方が問題を正確に検知する確率が高いからです」とポッターは毅然と答えた。
この答えこそが、ケンタッキー・バーボン・トレイル沿いに点在する13の蒸留所が過去最高の売上を記録している理由ではないだろうか。アメリカでの蒸留酒の売上を見ると、アメリカンウィスキーはトップのウォッカと2位のラムに次いで3位となっている。アメリカンウィスキーの好調を牽引しているのは、紛れもなくケンタッキーバーボンだ。

それではウィスキーとバーボンの違いは何か、ご存じだろうか? 違いはシンプルで、バーボンウィスキーはその生産工程で使われる「マッシュビル」の原材料の51%がトウモロコシであること、そして内部が焦がされた新品のホワイトオーク樽で最低1年熟成されていること。アルコール度数は最低60°、希薄用に使われる水は石灰層のフィルターを通されていること。

アメリカ合衆国議会は1964年、「バーボン」という名称は先に述べた4つのルールを厳守し、アメリカ国内で生産されたウィスキーのみに使われるという法案を可決した。アメリカンバーボンの約5%はシカゴからニューヨーク州のフィンガー・レイクス地域まで、全国の小規模蒸留所で生産されているが、大方はケンタッキー州でつくられている。

ブルーグラス・ステート(ケンタッキー州の別名)にはバーボンの血が流れている、と言えるかもしれない。バーボンはバーズタウンからレキシントンまでの地域で数千人単位の雇用を創出し、ケンタッキー州の家系に由来が深く、世界中から大勢の観光客を集めている。ケンタッキー州の歴史は、バーボンの歴史なしには語ることができない。

バーボン・トレイルを走るクルマは、新型マツダCX-5 Signature(海外向けパッケージ)。CX-5と共に、3つのバーボン蒸留所を入念に計画した旅程に沿って訪問する。最初に訪れたのは、プレミアムバーボンのパイオニアとして知られるメーカーズマーク。現在もプレミアムバーボンを大量に生産している。蒸留所のツアー中、デニー・ポッターが水泳用のプールほどもあるマッシュ用の木製樽、そしてヴィクトリア王朝時代から使われている複雑な構造の銅製の発酵槽を見せてくれた。発酵槽の巨大な蒸留塔から、最終生産物が生み出される。

ケンタッキーバーボンのライフサイクルは、至ってシンプルだ。マッシュブレンド用のグレイン(穀類)を細かい粉状に粉砕し、粉を水と混ぜて加熱する。その後冷却し、酵母と共に発酵樽に移す。大方の樽には、発酵熱を抑えるために冷却用のチューブが設置されている。発酵が終わった樽を空けると、アルコール度数約9°の「ビール」が出来上がっている。

ビールはスティルで加熱され、蒸気からアルコール度数約60°の「ホワイトドッグ」が採取される。ほとんどの場合、味を均一化するためにホワイトドッグの複数バッチが混ぜられて樽に入れられる。こうやってできるのが「ブレンデッド」バーボンだ。対して「シングルバレル」は、単一の蒸留工程から生産されたバーボンを指す。

当初は1つのレシピでスタートしたメーカーズマークだが、現在は愛好家達の多種多様な嗜好に対応できるよう、様々なバーボンを取り揃えている。「プライベート・セレクト」と呼ばれる個人のお客様向けプログラムでは、個人の嗜好に最も近い強さと味をもつバーボンをバレル単位で注文することができる。そこまでこだわらない愛好家は、メーカーズマークのトレードマークとなった赤いワックスシールの付いたボトルで提供される、様々なバーボンを楽しむことができる。

昨今のバーボンブームに愛好家向けプログラムの成功が重なり、設立当初からあった蒸留所の周辺には続々と建物が立ち、拡張している。真新しいエクスペリエンス・センターでは、数百万ドルをかけてアメリカ人アーティスト、デイル・チフーリが制作したガラスの天井が設置され、中にはテイスティング・パーティ用の部屋が多数用意されている。

「メーカーズマークの『プライベート・セレクト』と呼ばれる個人のお客様向けプログラムでは、個人の嗜好に最も近い強さと味をもつバーボンをバレル単位で注文することができる」

クルマを運転するので、残念ながら私と同行フォトグラファーのマシュー・アレンはテイスティングすることができない。記念にシングルバレルのバーボンを1本購入し、CX-5のエンジンをかけて裏道へと向かった。バーボンを味わえないのは悲しいが、ロレットを起点とする道幅が狭い2車線道路を走っていると、瞬く間に気分が高揚する。まるでワトキンズ・グレンとラグナ・セカを交互に走っているようだ。道の両側には背の低い植物が生い茂り、遠くには広大な草原が見える。相当スピードを出してたのだが、放牧されていたがっしりとした体躯の馬たちは我関せず、のんびりと牧草を食んでいた。

アメリカの禁酒法時代、多くの道路は山に向かい、当時は違法だった蒸留所へとつながっていた。家族全員、ひいては町全体がこっそりと飲酒していたというのはよくあった話。禁酒法、すなわちアメリカ合衆国憲法修正第18条を廃止する修正第21条が1933年に可決されると、次に訪問するスティッツェル・ウェラー蒸留所(the Stitzel-Weller Distillery)を含む幾つかの企業がケンタッキーバーボンの大量生産をすぐさま再開した。スティッツェル・ウェラー蒸留所は1935年、ケンタッキーダービーが行われた日に操業を開始、1992年に閉鎖した。現在はブレット・フロンティア・ウィスキー(Bulleit Frontier Whiskey)が運営しているこの蒸留所は、ケンタッキーバーボンやブレットの文化的試金石となっている。

スティッツェル・ウェラー蒸留所の大方が現在は博物館となっており、観光客はオリジナルバレルの修繕所や 保存状態が良い禁酒法時代後の黒い建物を見学することができる。併設された小規模のテスト施設では、ヘッド・ディスティラー(蒸留責任者)のアンドリュー・ヨリックがブレットバーボンのラインアップ拡大を目指して新たなプロセスやレシピを開発している。

「今の時代、科学の知識がなければやっていけません」と自ら発酵科学を専攻したヨリックは語る。
「蒸留所には、それぞれ独自の機械やプロセスがあります。だから他社の真似をしようということにはならないんです」

古き良き時代のバーボンを試したいのなら、ブレード&ボウ(Blade and Bow)がよいだろう。近年蒸留されたスピリッツと 1992年代のバーボンを混ぜたブレンデッドバーボンだ。

「すべての蒸留所には、それぞれ独自の機械やプロセスがあります。だから他社の真似をしようということにはならないんです」

本日最後に訪れるのは、ここから南に約1時間走ったところにあるライムストーン・ブランチ蒸留所 (Limestone Branch Distillery)。蒸留所の名前は知られていないかもしれないが、所有者の「ビーム」という苗字には恐らく聞き覚えがあるだろう。スティーブ&ポール・ビームは、ケンタッキーで販売される多くのバーボンボトルや頻繁に目にする企業スローガン、錆ついた郵便ポストにその名が刻まれている、由緒ある蒸留所の7代目だ。スティーブとポールは2010年にライムストーン・ブランチ蒸留所(Limestone Branch)を設立、その4年後に彼らの先祖が1872年から1944年までバーボンを生産していたイエローストーン・ブランドを買収した。

「1日の生産量は約1バレル分ですかね。将来的には1日2バレル分の生産を念頭に、計画を進めています」とスティーブ・ビームはにこやかに答えてくれた。

メーカーズマークの蒸留所では3分毎に新品のバレルが満杯になっていた光景を目にしたのに対し、ここライムストーンでは鋼鉄の55ガロンドラムがゆっくりと、まるで幼子がストローで飲み物を飲むペースで満たされていく光景を目の当たりにし、興味がそそられる。ここでは全てが小規模で、メイン・ビルディングの外に置かれたコンテナに保管されるバレルもその容量は15ガロンと控えめだ。
「すべて、自分たちの手で触るんです。コンピューターも自動化もなし。手が頼りです」

「ここでは全てが小規模で、メイン・ビルディングの外に置かれたコンテナに保管されるバレルもその容量は15ガロンと控えめだ」

スティーブ・ビームに近年のバーボンブームの理由を聞いてみた。
「バーボンとは、ケンタッキーの全てが1杯のグラスに凝縮されたようなもの。技であり、芸術でもあります。ライムストーン・ウォーター(石灰層でろ過された水)、グレイン、気候、ケンタッキーのすべてがバーボンに適しているんです」

ここライムストーン蒸留所で生産されるバーボンは、主にイエローストーン・ブランドとして出荷されるが、個別に日付やブレンド、プルーフ数が決められたボトルも販売している。働いている蒸留スタッフはビームを含め、わずか5名。5人乗りのCX-5にすっぽり、快適に収まる人数だ。

時間が許せば、バーボン・トレイルに沿って点在する13の蒸留所すべてを訪問したかった。1週間かけて全ての蒸留所を周る観光客もいる一方、日帰りのバスツアーで様々な蒸留所でテイスティングを楽しむ人達もいる。楽しみ方は人それぞれだが、ここケンタッキーを訪問する人は様々な町や地域に存在する多様性や歴史を発見し、魅了されることだろう。何よりも、強いブレンデッドバーボンを飲んだ後に感じる、喉が焼けるような感覚がいい。
「それはね、ケンタッキーが君のハートをしっかり抱きしめているのさ」